『洗濯屋ケンちゃん』を撮った男

ビデオ初期に裏ビデオが販売拡大に貢献したというのは伝説ではなく、特にVHS陣営に属する販売店では『洗濯屋ケンちゃん』『コンバット』など初期の傑作、『スウェディッシュ・エロチカ』に代表される洋物をサービスして提供していた。

とある雑誌からの引用です。我が家にビデオデッキが導入されたのは80年代も中盤にさしかかった頃。購読していた『TVガイド』誌にはビデオデッキの広告が多数掲載されていましたが、いずれも出始めのアダルトビデオがサービスとしてデッキとセット売りされていました。裏ビデオ洗濯屋ケンちゃん』が世に広まったのは、そのもうちょっと前。


ウィキペディア 洗濯屋ケンちゃん
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%97%E6%BF%AF%E5%B1%8B%E3%82%B1%E3%83%B3%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93

題名はもちろん、かつての人気ドラマ(『ケーキ屋ケンちゃん』などのケンちゃんシリーズ)のもじり。裏ビデオの代名詞になるほど有名な作品であるが、実際には性交(本番)を行っていないと言われる。

僕も実際に見たことがないので、「本番」に関する真偽のほどはわかりません。


洗濯屋ケンちゃん」(「MOVIE Jap」より。18禁)
http://www.moviejap.com/h-girl/a15/a15.html
まぁヤッてるように見えるよねぇ。ウィキペディア、どうなのよ?


洗濯屋ケンちゃん 復刻版」
http://peacemate.gold-ace.com/2005/01/2005010115.html
今は1000円で入手できるようになっているようです。いい世の中だ。


なんでこんな話をしてるのかというと、偶然こんなページを見つけたから。
「さよなら、『洗濯屋ケンちゃん』〜日本初の本番ビデオを撮った監督の告白〜」
http://www.nifty.com/san/digest/san01522.html
ニフティが運営している有料アダルト小説サイト、「おとなの本屋・さん」のサンプルページです。ニフティ、こんなサイトやってたんだねぇ。『洗濯屋ケンちゃん』の監督・藤井智憲氏が自ら執筆しています。

その頃のAVはまだAVとは言わず、裸のビデオとか言っていたと思う。それに本番は表向きナシ。そこへ改めて、「本番もの撮ってみませんか、監督」の声がかかったのだ。
恐らく、俺が以前から、嘘っぽいよなあ、裸で絡まってるに声も動きも芝居も――という言葉を吐いていたことがキャメラマンの頭の片隅にでも引っかけていたのだろう。
「ああ、いいよ」の一言でキャメラマン松川がプロデューサーの出口氏を紹介してくれた。

この「出口氏」とは、九重佑美子版『コメットさん』などを監督した出口富雄氏のこと。


「出口富雄さん主要監督ドラマ」(「テレビドラマデータベース」より)
http://www.tvdrama-db.com/tomio_de.htm
ずいぶん真面目な文化映画なども撮っていた人のよう。

出口氏から出たのは、婆さんを犯す話だ。西鶴風に言えば好色五人女的な回想男、遍歴物語なので俺は即座にノー。
だからと言って西鶴が嫌いな訳じゃなく、むしろ大のファンで何時か撮ってやろうと思っていた程だったのだが、この時は何故か、違った。この直感がノーと言わせたのだった。

『コメットさん』を欠かさず観ていた藤井氏は、出口氏を業界の先輩として認めつつ企画を拒否。自らアイディアを練りはじめる。


ところで、この藤井氏も随分変わった経歴の持ち主である。東宝入社後、助監督として岡本喜八今村昌平、松林宗惠らに師事しながら、退社後はアメリカに渡ってジョン・レノン夫妻と「前衛映画」運動などをしていたらしい。では、『洗濯屋ケンちゃん』を撮る直前頃はいったい何をしていたのか?

丁度この頃、俺は何故か所属していたプロダクションの仕事で、国際放映のロケバスの中にいた。『ケーキ屋けんちゃん』*1という映画で隣の叔父さん役を演じていたのだ。

洗濯屋ケンちゃん』の監督が本家「ケンちゃん」シリーズに出演していた! ジョン・レノン夫妻から「ケンちゃん」シリーズ経由で裏ビデオへ。振り幅の大きさが凄い。


そしてさらに。

その前は東映の『怪傑ズバット*2という石森章太郎原作のお子様時間帯テレビ映画に出演し、ズバットの敵役でゲストの石森先生を拉致するペット吹きの殺し屋役を面白がって演じていたりもしていたのだ。

快傑ズバット』! くどくなるので説明はしないが、宮内洋主演の実にトンチキなヒーローアクションである。


手元にある『快傑ズバット大全』(双葉社・名著!)によると、藤井氏が演じたのは第10話「野球の敵を場外に飛ばせ」(なんちゅうタイトルだ)に登場する用心棒・トミー。『快傑ズバット大全』より引用する。

黒やもりの用心棒。日本一のペット吹きを自称するキザな男。吹き矢が飛び出す殺人トランペットが武器。殺し技もさることながら、トランペット演奏の腕前も相当なもの。

ちなみにゲスト出演していた石森章太郎の役柄は「元プロ野球選手。日本一のホームラン王にして名三塁手であり、全国の子供たちにとって憧れの存在である」(前掲書より)。みんな馬鹿だ。


話を『洗濯屋ケンちゃん』に戻します。とはいえ、話を読み進めると、「裏ビデオ」という言葉が想起させるようなアングラさはそれほどない。アングラはアングラでも、70年代に流行ったアングラ小劇場系の役者たちが集まって作った低予算映画、といった趣だ。実際、藤井氏もそのような演劇集団に属していたらしい。


とりあえず、サンプルページで読めるのはこのあたりまで。お話の続きが気になる方は、「おとなの本屋・さん」で購入して読んでみてください。


藤井監督はまだ現役バリバリ。
「藤井智憲オフィシャルサイト」
http://www.tom-fujii.jp/
詳しい経歴がここでわかります。


ちょっと余談。藤井氏のプロフィールにある「ワンステップ郡山(ワンステップフェスティバル)」とは、74年に開催された、現在のロックフェスのはしりのようなイベントだった。


「What is ONE STEP?」(「ONE STEP」より)
http://www.angel.ne.jp/~water/onestep/onestep.html
映画『ウッドストック』を観て衝撃を受けた地元の有志らと東芝EMIビートルズ担当ディレクター、そして内田裕也氏らが手を組み、「郡山にジョン・レノンを呼ぼう!」というコンセプトを元に企画がスタートしたそうだ。素晴らしい大風呂敷である。ジョン・レノンの参加は叶わなかったが、結果的に集まったアーティストの顔ぶれが凄い。

ヨーコ・オノ&プラスティック オノ スーパ一バンド/ リタ・クーリッジ&クリス・クリストフアーソン/ ダウンタウン・ブギウギ・バンド/ 沢田研二&井上尭之バンド/ つのだ☆ひろ&スペースバンド/ センチメンタル・シティ・ロマンス/ 上田正樹サウス・トゥ・サウス/ 加藤和彦&サディスティックミカバンド/ 内田裕也&1815ロックンロールバンド/ ウエストロード・ブルースパンド/ エディ藩&オリエント・エキスプレス/ デイブ平尾ゴールデンカップス/ トランザム/ キャロルく矢沢永吉)/ クリエイシヨン(竹由和夫)/ 四人囃子/ かまやつひろし/ 外道/ シュガー・ベイブ山下達郎)/ はちみつぱい/ ミッキー吉野グループ/ 宮下文夫ウィズ・フレンズ/ イエロー(ジョニー吉長)/ スモーキー・メディスン/ (順不同・敬称略)

観たい! すげぇ観たいよ!(オノヨーコはどうでもいいんだけど)。こりゃ7万人集まるわ。ここでのつながりが関係あるかどうかわからないが、後に藤井氏は内田裕也の『コミック雑誌なんかいらない』にも出演している(何の役かは不明)。


藤井氏はブログも開設している。
「藤井智憲映画監督の辻説法道場」
http://tomlog.seesaa.net/

S23年3月7日生まれ
職業:映画監督・プロデューサー
生き様:ロックンローラー


ビデオ普及に一役買った裏ビデオの名作『洗濯屋ケンちゃん』の監督は、ズバットロックンローラーだったわけです。よくわからないが、何か凄いぞ。